岡山地方裁判所 昭和29年(行)3号 判決
原告 小田[王居]男
被告 岡山市長
一、主 文
原告の訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
第一、請求の趣旨
「被告が原告に対し昭和二十八年三月二十三日付「土地区画整理委員の資格喪失について」と題する書面によつてした同日原告が同委員資格を喪失した旨の通告を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。
第二、請求の原因
原告は昭和二十一年十一月十五日借地権者として岡山市の土地区画整理委員(以下整理委員という)に選挙されたが、右の被選挙権は原告と訴外正本豊との間に昭和二十一年九月一日岡山市内山下字丹羽邸四十二番の十四宅地一坪につき締結された賃貸借契約上の借地権者たる地位に基くものである。ところで被告は昭和二十八年三月二十三日付書面をもつて、原告に対し右原告正本間の賃貸借契約は解消されて、整理委員の被選挙権を欠くに至つたものとして、原告が同日その整理委員たる地位を失つた旨通知(該書面はその頃原告方に到達)した。
しかしながら原告と右正本との間の土地賃貸借契約は解消されず依然存続している。従つて原告は前記被選挙権を失わず、又整理委員たる資格も喪失していないのである。
それにも拘らずこれを失つた旨通告した前記書面による通知は原告の整理委員としての地位を不法にはぎとろうとするものであつて違法の行政処分である。仮に右賃貸借契約は解消されたとしても、原告は区画整理区域内の土地の所有権者であるから、なお整理委員たる資格を保有するものである。故にこの点よりみても右通知は違法な行政処分たるを免れない。よつて被告が原告に対しなした右通知の取消を求める。
第三、被告の答弁及びその主張
一、本案前の抗弁
原告の訴を却下する。との判決を求める。
原告主張の通知は、文字どおり通知にすぎないものであつて、行政事件訴訟特例法にいわゆる行政庁の処分ではなく、抗告訴訟の対象とならない。故にこの点において本訴は不適法である。
仮に右通知が行政庁の処分であるとしても、本訴は処分のあつたことを知つた日から六カ月以上を経過して提起されたものであつて、この点からも不適法である。
以上いずれの点よりするも本訴は不適法として却下さるべきである。
二、本案の答弁と主張
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める。
原告主張の請求原因事実中、原告が昭和二十一年十一月十五日借地権者として岡山市の整理委員に選挙されたこと。
被告が昭和二十八年三月二十三日付書面で原告あてに原告主張のような通知を発し、その頃原告方に到達したことは認める。その他はすべて否認する。
原告は昭和二十一年十一月十五日当時池田宣政所有の岡山市内山下四十二番の十二宅地五十七坪六合一勺を賃借していたので、借地権者として整理委員に選挙されたのである。
ところが昭和二十三年二月二十六日右土地を買受けて借地権者でなくなつたので借地権者として有する整理委員の被選挙権を喪失するに至つた。
そこで被告は原告に対し右池田との間の借地権の外に借地権を有するかどうかを照会したところ、原告は正本豊所有の土地を賃借している旨回答してきた。しかし調査の結果右正本との賃貸借は虚構のものであることが判明したので被告は昭和二十八年三月二十三日付書面で原告に対し整理委員の資格を喪失した旨通告した次第である。
原告は借地権者でなくなつても土地所有者であるから整理委員たる資格を有すると主張するが、整理委員は借地権者側と所有権者側とが判然区別されており、借地権者としての整理委員がその土地を買受けて所有者となつた場合は整理委員の資格を失うのであつて、当然に所有権者側の整理委員となることはできない。即ち彼此流用することはできないものであるから前示資格喪失の旨の通告には何等の違法もない。
以上のように、本訴請求は失当であるから棄却さるべきである。
第四、右に対する原告の主張
一、本件通知は行政処分である。即ち借地権者でなくなることにより整理委員の被選挙権を失う場合においては、当該行政庁において一定の資料に基きその借地権消滅を確認し以つて整理委員の資格喪失を判断すべきものである。そして右判断は当事者に送達されることによりその法律的効果を発生するものとみるべきであり、本件通知はこの意味において原告に対し整理委員の資格喪失の法的効果を与えたものである。
従つて右通知は行政処分というに妨げなく、正に取消の対象となりうるものである。
仮に通知そのものが行政行分でないとしても、その前提たる判断即ち原告の借地権が消滅したとの被告の判断が行政処分であることは疑いない。故に右判断は取消の対象たるものである。
二、原告が本訴について処分のあつたことを知つた日から六カ月以内に訴を提起できなかつたのは原告の責に帰することのできない事由に基く。即ち、原告が被告から本件通知を受取つたのは昭和二十八年三月末頃であるが、原告は同年五月二十一日から三十二日間詐欺文書偽造等被告事件のため勾留され、保釈出所の後も高血圧並びに心臓病のため数カ月間引続き病床にあつて行動不能に陥つていた。以上の事実は原告の責に帰することのできない事由に当るというべく、これにより原告は六カ月の不変期間内に訴訟を提起できなかつた次第である。
三、被告主張の本案の答弁と主張の項の事実中、原告が池田宣政からその所有にかかる岡山市内山下四二番地の十二宅地五十六坪六合一勺を賃借していたこと、被告主張の頃右土地を買受けたこと及び被告から原告に対し被告主張のような照会があり、これに対し原告は正本との間に賃貸借契約がある旨回答したことはいずれも認める。
四、被告は整理委員の資格は借地権者側は土地所有者側と区別されて彼此流用することは許されない。と主張するが、両者は選挙を行うに当り区別されるに止まり、借地権者側委員として当選した者が後にその土地を所有するに至つても何ら被選挙権の存在に影響するところがない。故に委員たる資格を喪失しない。
三、理 由
本訴において原告は被告が原告あてにした昭和二十八年三月二十三日付「土地区画整理委員の資格喪失について」と題する書面による同日原告が整理委員資格を喪失した旨の通知が違法であることを主張して、その取消を求めるものであることは原告の主張自体によつて明らかである。従つて本件訴訟が適法であるためには、まずもつて右の通知が「行政庁の処分」に該当するものでなければならない。それで、以下この点を検討する。
そもそも行政事件訴訟特例法にいわゆる「行政庁の処分」とは、行政庁から公共団体又は国民に対して行う公法上の法律行為又は準法律行為であつて、これらの者の権利義務につき直接かつ具体的な法律的効果を生ずるものをいうと解するを相当とする。ところで特別都市計画法第十一条第四項は「土地所有者及び借地権者は、政令の定めるものを除いて、その土地区劃整理施行地区にある土地区画整理委員会の委員の選挙権及び被選挙権を有する。」と規定し、同条第三項後段は「委員は、土地区画整理施行地区内の土地の所有者及び借地権者が、各別にこれを選挙する。」と定め、同法施行令第十八条第一項は「整理委員は、整理施行地区内において、土地所有者にあつては土地所有者の中から、借地権者にあつては借地権者の中から、これを選挙する。」と各規定する。これらの規定によれば、借地権者として借地権者の中から選挙された整理委員がその後その借地権を失つたときは、整理委員の被選挙権を欠くに至るものと解される。けだし借地権者たる資格においてはじめて委員の被選挙権を有するのであるから、借地権者でなくなればその被選挙権を喪失すべきこと当然だからである。そして、同法施行令第三十二条は、整理委員は被選挙権を欠くに至つたときはその地位を失う旨規定し、その趣旨を、国会法第百十一条、第百十三条、地方自治法第百二十七条の諸規定と対比して考察し、これに特別都市計画法施行令第二十条第四十五条等の諸規定を参酌すれば借地権者として選挙された整理委員が借地権消滅により被選挙権を欠くに至つたものとしてその地位を失う場合は、その借地権消滅の一切の場合を包含するものではなく、例えば、同令第二十条により届出られた借地権の全部について整理委員借地権者がその借地の所有権を取得してその登記を完了したとき、或は土地所有者と連署して借地権消滅の旨を届出たときの如く、借地権消滅の事実の有無が不明瞭でない場合に限られ、しかもこの場合には他に何等の認定処分等をまたずして当然にその地位を失い、その間何等の処分を要しないし、その他の場合例えば整理委員たる借地権者が借地の所有権を取得したがその旨の登記がなく、他に何等の届出もしない場合、或は、解約により借地権を失つたが借地権者および所有権者から連署による借地権消滅の届出のない場合は該整理委員の借地権は既に消滅してもその被選挙権に関する限り右消滅の効果は発生せず借地権はいまだ消滅しないというにあると解せられる。けだし右借地権消滅の事実の有無が明瞭性を欠く場合にすら何等右消滅に関し何人かの認定行為を必要とするが如き規定も存しないからである。
してみると本件の場合も前に見たとおり被告は原告の借地権が消滅し、その被選挙権を欠き整理委員の資格を失つたとしてその旨原告に通告しているが、原告の整理委員たる地位は右通告にもかかわらずこれによつて何等の影響をも受けるものでなく、ただ前記の如き明瞭なる借地権消滅事実の有無によつてのみ当然にその地位が定まるものと解すべきものとする。
被告の前示通告は原告の整理委員たる地位の喪失をもたらすものではないし、原告に何等の侵害も与えず又何等の減殺を加えるものでもない。
かようにして本訴は行政庁の処分でなく、従つて抗告訴訟の対象とならないものをとらえて、その取消を求めるものに帰着すると云わなければならない。
以上説明のとおりであるから本訴を不適法として却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 三関幸太郎 藤村辻夫 石川良雄)